外川健一の資源リサイクル講座B 7年ぶりの台湾(その2)

2015/06/16

 外川教授の公務多忙、アジアの研究調査ワークの広がりから「前回のその1」から約2か月の時を経ているが、台湾続編をお送りする。この寄稿文の最後にその原稿遅れの一因となったエピソードも記されている。

 高雄のシュレッダー工場で発生したASR中の廃プラは、関連業者に運ばれて、再生樹脂原料になるという。そこで、私たちはこのシュレッダー工場の見学をひとまず終え、その関連工場に向かうことにした。その工場へは、高雄市内および南部の屏東市で解体工場を経営している梁さん、揚さんも同行してくださることになった。彼らも自分たちの廃車ガラが最終的にどのように再商品化されていくのか、関心があるのだと言う。とても勉強熱心かつ温かさを感じる業者さんたちである。

 残念だったのは、前任校で博士論文指導をしていた教え子と、ここで別れなければならなかったこと。中国語も日常会話は何とかこなし、その人懐こい性格から、台湾でも多くの友人を持っている彼女のサポートは、何物にも代えがたいものである。しかし、彼女も今や二児の母になり、今日中に義理のお母様に預けたお子さんを引き取りに行くと言って、台北へと戻っていった。戻る際の彼女の顔は「母の顔」である。一緒に勉強していた学生が、研究者としてまた家庭の母として頑張っている姿を垣間見た気がして、大学に籍を置くものの喜びを一瞬感じた次第である。

 さて、ここで頼もしい?通訳の女性が私のサポートに名乗り出てくれた。緑化環保秘書の陳さんである。陳さんとは初対面だったが、なぜか1度あったような気がして「かなり以前にお会いしませんでしたか?」と尋ねたところ、「私は大学を卒業したばかり。そんなはずはありません。」とのお返事。詳しく聞いたところ、まだこの業界に就職してから日も浅く、自分も勉強を兼ねて同行してくれるのだという。専門的に台湾のリサイクル業界を研究してきた教え子の解説とは異なり、微妙なニュアンスはもちろんのこと、簡単な通訳上のトラブルもあったが、一生懸命私をサポートし、自分も勉強していこうとする姿には感心した。

台湾のE-WASTEリサイクル工場
 訪問したのは、台南市にある大南方というリサイクル工場。台湾の使用済電子・電気機器の処理・リサイクルの政府認定工場も兼ねており、訪問時にまず目についたものは、これからリサイクル前のチェックを受ける使用済電子機器が、多数ストックされていた光景であった。この工場は政府認定の工場であるが、それはどういう意味かというと、一定水準の環境配慮型リサイクルを行える工場というお墨付きを、台湾政府からもらっており、使用済電子電気機器を1台処理するごとに、メーカからデポジットされている基金から、一定のリサイクル・フィーが当該業者にわたる権利を持っているリサイクルプラントを意味する。
 この制度はかつて台湾南部を中心に、いわゆるE-Wasteが「廃五金」と呼ばれている中小零細業者によって、多くの汚染をまき散らしながら金属回収が行われていた過去をかんがみ、適正処理・リサイクルが進められるように、政府(環境保護署・日本の環境省にあたる)が、1998年から導入した制度である。(面白いのは、このような政府のお墨付きをもらっていない工場も、リサイクル料金がもらえないだけで、操業が可能だということである。

 日本の場合、家電リサイクルの大阪方式や函館市等、一部の自治体では、地元リサイクル業者によるリサイクルが認められてはいるものの、基本的には家電メーカ等がリサイクルをする義務≒独占的な再資源化が行われている現状とは対照的である。)いずれにしろ、適正処理・リサイクルを進めるには、それ相応のコストがかかること、そしてそれが守られているか監査することの重要性を台湾の行政は認識していることが分かる。

 ところで、この政府のお墨付きを得るためには一定のマテリアルリサイクル率の達成が義務付けられているそうで、そのためには廃プラスチックの回収およびリサイクルが出来なくては、定められたマテリアルリサイクル率の達成は難しいという。そこで、この工場でも廃プラスチックのリサイクルに積極的に取り組んでいるそうだ。

 早速工場を見学する。どちらかといえば、家電リサイクル法施行当初の日本のAグループの工場に見られた手作業による解体が主である。しかし、日本の場合と違い、メーカからの「リサイクルしやすい設計」に関する情報や、「リサイクルのやり方」に関する情報はほとんど入手していないそうで、まずは何よりも収益につながる金属類の手作業による回収に主眼が置かれているようだった。

 樹脂のリサイクルに関しては、PP,PE,ABS,PS等の選別は可能とのことであった。では具体的にどのように見分けるのか?と問いたところ、ある程度のベテランになれば、経験から目視によって分かるとのことであった。自信のない時は、ライターで樹脂の一部を燃やし、その発色具合(まるで中学の理科で覚えた「炎色反応」みたいだが。)や匂いで、ほぼ確実に選別できるという。緑化環保で回収された廃プラも、ここで再度目視による再分類と、破砕工程により再生樹脂の原材料が生産される。また、現在日欧で導入が進みつつある光学選別機の導入などは、現在のところ関心がないようだ。やはりリサイクル素材の回収には、労働コストの問題さえクリアーできれば、熟練労働者による手選別が最も付加価値を上げることができるのが現状だと感じた。
またここで実感したのは、これら再生樹脂の需要が台湾では日本に比べ、それなりにあるという現状である。背後に中国という巨大な再生樹脂への需要があることも大きいのだろう。

 現在のわが国の製造業では、原油価格の低迷から、ヴァージン資源で生産した樹脂の調達が比較的容易であり、再生樹脂のリサイクルに関して、積極的なメーカは必ずしも多いとは言えない。政府もこれを推進する必然性を感じていないようだ。欧州のRE政策(資源効率性政策)の影響が、いずれわが国でも波及するだろうが、それ以上に、資源循環型社会を標榜している日本では、再生樹脂のリサイクルシステムの構築は喫緊の課題だと思っている。

 日本の現行自動車リサイクル法も、樹脂成分はASRにしたのち、燃やしてエネルギーリカバリーすれば、リサイクル率にカウントされるので、マテルアル・リサイクルのインセンティブは低いままである。「リサイクルの高度化」という言葉の内容を現在審議会では議論されているようだが、今一度、その内容を吟味する必要を感じる。

 私も関係している自動車技術会の自動車リサイクル技術専門員会では、再生樹脂のリサイクルをする意義を原点に返ってディスカッションしている。長期的視野で、再生樹脂のグレードを上げ、そしてそのマーケットを広げるには何が足りないのか、本WEB SITEの読者からもぜひともご意見を頂戴したい。


(写真1 今回訪問したリサイクルプラントに持ち込まれたプリンタ群)


(写真2 プリンタの場合、このパソコン等との接続部分がきちんと識別できることが、リサイクル料金を受け取る条件の1つになるという)
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(写真3 テレビ由来の木くずを中心とした破砕物。人海戦術でこれらの中から金属成分や樹脂成分を選び出す)
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(写真4 荒破砕された樹脂)
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(写真5 ハンマーの音が響く冷蔵庫の解体現場)
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(写真6 ブラウン管テレビのリサイクル)
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 さぁ。もう帰る時間となってしまった。透析患者の私は週3回の透析をしなければ命の危険もあるため、海外での調査は、現地の病院を予約しておかない限りは2泊3日が限界である。明日の早朝便で福岡に戻り、朝一番での透析が待っている。まだまだ突っ込んで見学したい気持ちを抑え、帰途につく。ここで付き添ってくれた梁さんや揚さん、そしてケンともお別れである。緑化保全の董さんが運転する車で、新幹線の台南駅に向かう。駅につくと、通訳の陳さんが切符の買い方を丁寧に教えてくれる。
 
 新幹線に乗る。明日の早朝便に合わせ、桃園空港近くのホテルをケンに予約してもらっている。早朝便に間に合うように、朝5:00に無料のリムジンバスが空港に向かうという情報をもらった私は、今晩は桃園の街を散策しようと思いつつ、途中の嘉儀、台南と猛スピードで過ぎ去る街並みを車窓から垣間見る。
 桃園に着いた。とたんにスコール級の豪雨である。工場見学時には晴天に恵まれたことに感謝しつつも、お酒が呑めない私は「これじゃぁ、桃園の街をぶらぶらするのは中止だな。」とがっかりしつつも、ホテルに向かうバスに乗り、チェックインを済ませる。

 明日は早起きしないと…と思いつつも、せっかくの台湾である。そうだ。ホテルの台湾足つぼマッサージを堪能しよう!若干疲れを感じてはいるものの、私はホテルのマッサージルームに向かう。するとお客さんは誰もいない。私1人である。全身マッサージにも関心はあったが、やはり台湾名物の足つぼマッサージを1時間オーダーする。相場は台北の1.5倍、福岡の相場と変わらない。

野球好きのマッサージ師との会話
 私についたのは陽気な40代の男性であった。英語がよくできるので、いろいろとこの街の話や、彼がなぜホテルのマッサージ師になったなど、ごくプライベートな話までさせてもらった。一番盛り上がったのはプロ野球の話だった。北海道日本ハムの陽選手をはじめ台湾の選手が日本のプロ野球で大活躍していることから話は始まり、私はかつて台湾プロ野球の創始期にあった味全ドラゴンズの話をすると、彼の目つきが急に変わり話は俄然盛り上がった。やはり根っから野球が好きなのだろう。肝心のマッサージには全く力が入らなくなってしまい、彼は熱弁をふるう。

 かつて巨人軍で華々しいデビューを飾った呂選手が彼にとってはヒーローであったようだが、やはり地元のプロ野球の話がしたいようだった。実は私の大学院生の時代に台湾のプロ野球が創立したこともあって、プチプロ野球グッズコレクターの私は、同級生の台湾からの留学生が旧正月などで一時帰国する際には、台湾プロ野球のキャップをお土産に買ってきてもらったことを思い出す。しかし、いわゆる八百長問題がきっかけで、台湾球界の創立期の球団は殆ど消滅している。かつて栄華を誇った福岡の西鉄ライオンズも、あの八百長疑惑「黒い霧事件」で衰退、消滅したことを思い出した。日本のパシフィックリーグも2004年の近鉄球団の消滅によって設立当初からの老舗球団はすべて姿を消した。諸行無常?である。

さて、マッサージに行ったのか、雑談しに行ったのか、わけのわからないまま1時間が過ぎる。すると続々と日本人の男性ビジネスマンが入店してきた。彼等には女性のマッサージ師がつくようだ。私は当たりくじを引いたのか、はずれくじを引いたのか、などと無粋なことを考えつつも部屋に戻る。
部屋に戻ると睡魔が訪れる。明日は4:30起床だ、4:30起床だ…と思いつつモーニングコールも設定せず熟睡してしまった。
しかし前日とは違い私はぴったり4:30に起床できた。身支度をして帰国の途につく。かくしてあわただしくも個人的には充実した台湾での2泊3日の調査は終わった。

外川教授、犬にかまれる
 ついでに)そんなわけでマイペースで海外調査をしつつ研究を進めている私ですが、5月のタイ調査ではちょっとしたハプニングに遭遇しました。調査先の自動車中古部品商にノンアポ聞き取りを敢行し、とても興味深いお話を聞けて良かった、良かったと思って工場の事務室を退出した瞬間、ひゅるひゅるっと現れた犬にがぶっと噛まれたのです。何が起きたかわからない私は茫然自失でしたが、一緒に調査に同行してくれた研究仲間が「外川さん。すぐに病院へ行こう。狂犬病のワクチンを打ってもらわないと。」とアドバイス。セコイ私は「保険はきくのかなぁ」と思いつつも、その中古部品商から車で5分のところに大きな総合病院があるとのことで、急きょ病院へ。

 そこでも英語の良くできる女性のドクターが、丁寧に傷を観てくれて、「傷は深くないが、狂犬病のワクチンは打ちましょう。」との診察。早速ワクチンを接種。やれやれと思いつつも、「いいですか。ワクチンは1回では必ずしも効き目がないので、日本へ戻ったら、3日後、7日後、14日後、28日後、3か月後に同じワクチンを打つように。」と彼女は丁寧に説明してくれた。ワクチン代と診察で約1500バーツの出費となったが、まずは一安心。
 なお、帰国後このワクチン接種は保険や労災の対象にならないか問い合わせたところ、狂犬病のワクチンはあくまでも予防のためのものであり、保険や労災の対象外だということ。「じゃぁ。致死率100%の症状が出ないと労災にならないのね」と妻に話したところ、「まるで私が遺族年金をもらうような不気味な話はやめてよね」と一言釘を刺されました。

 ちなみに私のかかりつけの病院でのワクチンの接種料金は1回7100円。タイの約2倍です。実は近々韓国調査を計画しているのですが、今度はMARS騒動が起き、今年は感染症に悩む1年になりそうだと思っている次第です。いずれにしろ、健康な体あっての私たち。読者の皆さんも海外でのお仕事の際は、犬には十分ご用心ください。

(熊本大学 外川健一)
(編集 IRUNIVERSE)

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