循環型社会時代形成の契機となった豊島不法投棄現場の今 1

2015/06/06

 瀬戸内海に浮かぶ豊島(てしま)。
 1975年から80年代にかけて大量の産業廃棄物(主に自動車シュレッダーダスト)の不法投棄事件が明るみになってはや25年。この豊島に5日、広島資源循環プロジェクトメンバーらと訪れた。

写真 戦後最大の不法投棄事件といわれたこの豊島事件は90年代後半から一般ニュースでも報じられるようになり、この小島は全国的な注目を集めるようになる。
 そのピークは2000年6月に県と豊島住民との公害調停が成立したときではなかっただろうかと個人的には思う。

 当時の中坊弁護士の活躍もあり、豊島は国の環境問題を考えるうえで象徴的な場所となり、ときの総理大臣、環境大臣含め、見学者は絶えなかった。
 実際、この豊島産廃不法投棄事件を教訓として2000年以降、次々に廃棄物の処理、リサイクルに関する法制度が作られ、罰則規定も格段に強化されていった。


 逆にいうと、事件当時は拡大生産者責任もなにも問われなかったため、事件の当事者(豊島観光開発のM氏)は今では信じられないほど軽い罰金(50万円)だけで済んでおり、今でも現場近くに特徴的な家屋で暮らしている。

 また、豊島にシュレッダーダスト(以下、SD)を持ち込んでいた業者も許認可を取り上げられることもなく、現在に至るまで「地球環境のために」などという、ある意味では大変ユニークなキャッチコピーを掲げてスクラップリサイクルの経営を続けている。
 さきの豊島観光開発のMもそうだが、当時の法律では罪に問われなかったとはいえ、率直にいって釈然としない。
 当事者である彼らが今の今までなにかお見舞い金でも豊島の方々に供出したいう話は寡聞にして知らない。

 また、豊島事件は報道として大きく扱われたが、2000年以前は法律がなかったことから常識外れの埋め立て、廃棄が行われていた可能性は高く、それは大企業でも例外ではない。建てられている工場の下には数十年前の産廃物が埋蔵されているやもしれない。中国で現在問題になっている不適切なリサイクル処理はほんのちょっと前の日本でも行われていたのである。

 しかし2015年現在、この豊島産廃不法投棄事件は風化しつつある。豊島じたいが人口減と高齢化で現在では全世帯1000人も切るところまで住民は減少しており、豊島事件を知る人も少なくなり、また事件を知っている方も、県、業者などと闘争した方々も今では豊島事件に触れられたくないという考えの方々が少なくないという。

今も処理は続いている
 事件が風化しつつある2015年現在ではあるが、いまだに不法投棄現場での処理は続いている。
 平成15年(2003年)から豊島で始まった不法投棄産廃物および汚染土壌の無害化&資源化処理は当初の60万トンから92万トンまで増えたことから、当初の計画では3年前に処理は終わるはずだったが5年延長。現在は70万トン以上は処理できているが、あと2年で残りの廃棄物の処理を終えなければならない。
 この廃棄物等処理事業を香川県から受託しているクボタ環境サービスの香川直島JA事業所、豊島KS事業所の総括所長である後藤謙治氏によると「総事業費も当初の490億円から790億円まで膨れ上がっている。これは国と香川県が半々で負担している。香川県の税源の1〜2%はこの廃棄物処理コストに充てられている」という。

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 豊島では廃棄物等の掘削、調整、選別を行い、廃棄物等をコンテナダンプトラックへ積み込んで直島に送るまで
を行っている。当初は中間処理施設も豊島に建設する予定だったというが、直島の三菱マテリアル直島製錬所の敷地内に建設された。日本通運の専用船(太陽号)で海上輸送を行うが、この海上輸送費用だけで10年間で50億円かかっているという。処理期間が伸びているため、このコストもさらに増えている。

 豊島の現場に降り立ってみるとその廃棄物の層の厚さに驚く。さすがに15年間も産廃物を捨て続けただけあって、なにか遺跡後のように廃棄物の層が重層化されている。実際、クボタ社が掘り返していったことで次から次に産廃物が「発掘」されたという。

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 今ではかなり片付いているが、処理が始まった平成15年ころでは、上の写真でわかるように、山肌が見えている高さまで産廃物は積まれていたという。想像すると凄まじい物量だったことに茫然とするしかない。

 当時、不法投棄の当事者らは「産廃ではなく、有価金属を置いているだけだ」と開き直り的な言い訳を続けていたというが、これは後に資源化物の相場が上昇したことで確かに有価となるものも出てきている。しかしそこに至るまでの膨大な処理コスト、税負担を考えるとやはりマイナスでしかない。改めて当事者らへの怒りが湧き上がってくることを禁じ得ない。そして、豊島の現実を見てわかるように産廃物の処理は大変なコストがかかる。ゆえに豊島ほどきっちり負の遺産を処理しているところはあまりない。

 豊島では50%近くが汚染土壌、他がSD、岩石、金属など。
 現場では重機を使って溶融助材(炭酸カルシウムか生石灰)を添加した土砂とSD主体の山とに分け、土砂とSDを混ぜあわせて2日間養生(水素の発生防止で)したあとに船に積み込んで海上輸送で直島送りとなる。

写真 直島まで専用船(太陽号)で40分かかる。これを1日2往復。太陽号には9.5トンのダンプトラックが18台入るため、1日に約350トン直島に運んでいることになる。船は年間220日運航するため年間で7万7000トンを運んでいることになる。直島の中間処理施設は平均して330日稼働しており(後藤総括所長)年間に11万5500トンの廃棄物等を処理している。

 改めて、豊島の島内に中間処理施設もあれば処理スピードはもっと早く、コストも安く抑えられたはず、と思う。ひとつの産業が豊島に出来たのではないか、と今更ながらだが、人口が減り続けさびれている豊島の町を見て思う。
 実際に廃棄物の処理が終わったころ、コンビニエンスストアひとつもない豊島という島じだいがどうなっているのかとやや案ずる。

 豊島の場合は廃棄物の処理だけでなく、土壌を回復させるまでが責務となっている。
次回は直島での中間処理について述べたい。

(IRUNIVERSE YUJI TANAMACHI)

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